No.1362026.1.21

皆様初めまして、作編曲家の長谷川智樹です。
この機会に少しだけ自分の紹介をさせて頂きます。
経歴について
音楽好きの家庭に生まれて、5歳からバイオリンを数年間学び、そのあとピアノを少し習っていました。
中学からは、ギターに夢中。バンド活動の末に我が心の師匠、あがた森魚さんと出会い、サポートメンバーとして、全国を回る経験をしています。ちなみにその頃のバンドはニューウェイヴ、ジャパニーズエスノといったサウンドでした。
その後、音楽制作会社に入社、フェアライトCMIという作曲用コンピューターを習得、作曲やミックスはそこで学びました。
1984年に東京に拠点を移して、シンセマニピュレイターとして色んな作曲家さんのお手伝いをしながら、多くを学び、作編曲家としての活動を始めて行ったというわけです。
CM音楽はかなりたくさん作りました。
1989年頃から劇伴音楽の作曲を始めています。
アニメの劇伴が多いですが、NHK土曜ドラマ「一橋桐子の犯罪日記」やKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『三文オペラ』等、舞台の音楽の作曲編曲も手掛けています。
深作欣二監督の映画「いつかギラギラする日」や、光栄のゲーム音楽「三国志7」でモスクワ録音を経験したり、サンライズのアニメ「エルドランシリーズ」等、オーケストラ作品は結構書いていますが、基本的には独学です。
仕事を始めてしばらくして、僕の曲が小六禮次郎さんの耳に届き、そのご縁でJCAAに加入させていただくという幸運に恵まれました。
この場で改めて、小六禮次郎さんに感謝申し上げます。
様々なアーティストとの出会い
1987年ピチカートファイブに出会い、スピッツ、ユニコーン、オリジナルラブ、八代亜紀さん、西城秀樹さん、ももいろクローバーZ、ローリー寺西さん、ドレスコーズ等、とても個性的で才能溢れるアーティストと出会い、たくさんのインスピレイションとエネルギーをいただいています。
少し摩訶不思議な劇伴音楽への志向や、自分の音楽の個性は年々強く意識するようになっています。
映像音楽への憧れ
原体験としてはディズニー「ファンタジア」その後見た、ビートルズ「イエローサブマリン」これが人生における決定的な出来事です。
背景にかかっていたサウンドがとにかく衝撃的だった。
後にジョージマーチンが劇伴音楽を作曲していることを知り「いつかこんなお仕事をしたい!」と決心した中学生でした。
「小さな恋のメロディ」も特に大好きでサントラを擦り切れるほど聴きました。
その後1999年、ロンドンで何と!この映画の作曲家リチャード・ヒューソン氏と出会い、彼の素敵なお家を2度ほど訪ね、ビートルズ「ロングアンドワインディングロード」の直筆スコアコピーをいただくという光栄に恵まれました、 それは本当に人生最高の体験でした。
音楽を作ることの歓びと感謝
幼少期、地域の子供会にてバイオリンで「歓びの歌」の一節を弾き拍手喝采を受けたんです、幼い僕は心の中で
「音楽をやれば人にうける!」
今にして思えばその時の成功体験が人生を変えたのかもしれません。
不安と挫折の繰り返しでしたが、この年までお仕事を続けられているのは、我が事務所ベリーグーの福井健吾氏はじめ、両親や出会った方全てのおかげさまです。
深く感謝いたします。まだまだやります!!!
ご拝読有難うございます。
2026年新春 長谷川智樹
事務所 有限会社ベリーグー hp
https://www.verygoo.jp
Facebook
https://www.facebook.com/tomoki.hasegawa.125
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/長谷川智樹
X
https://x.com/1958HT
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長谷川智樹

皆様初めまして、作編曲家の長谷川智樹です。
この機会に少しだけ自分の紹介をさせて頂きます。
経歴について

中学からは、ギターに夢中。バンド活動の末に我が心の師匠、あがた森魚さんと出会い、サポートメンバーとして、全国を回る経験をしています。ちなみにその頃のバンドはニューウェイヴ、ジャパニーズエスノといったサウンドでした。
その後、音楽制作会社に入社、フェアライトCMIという作曲用コンピューターを習得、作曲やミックスはそこで学びました。
1984年に東京に拠点を移して、シンセマニピュレイターとして色んな作曲家さんのお手伝いをしながら、多くを学び、作編曲家としての活動を始めて行ったというわけです。
CM音楽はかなりたくさん作りました。
1989年頃から劇伴音楽の作曲を始めています。
アニメの劇伴が多いですが、NHK土曜ドラマ「一橋桐子の犯罪日記」やKAAT神奈川芸術劇場プロデュース『三文オペラ』等、舞台の音楽の作曲編曲も手掛けています。
深作欣二監督の映画「いつかギラギラする日」や、光栄のゲーム音楽「三国志7」でモスクワ録音を経験したり、サンライズのアニメ「エルドランシリーズ」等、オーケストラ作品は結構書いていますが、基本的には独学です。
仕事を始めてしばらくして、僕の曲が小六禮次郎さんの耳に届き、そのご縁でJCAAに加入させていただくという幸運に恵まれました。
この場で改めて、小六禮次郎さんに感謝申し上げます。
様々なアーティストとの出会い
1987年ピチカートファイブに出会い、スピッツ、ユニコーン、オリジナルラブ、八代亜紀さん、西城秀樹さん、ももいろクローバーZ、ローリー寺西さん、ドレスコーズ等、とても個性的で才能溢れるアーティストと出会い、たくさんのインスピレイションとエネルギーをいただいています。
少し摩訶不思議な劇伴音楽への志向や、自分の音楽の個性は年々強く意識するようになっています。
映像音楽への憧れ
原体験としてはディズニー「ファンタジア」その後見た、ビートルズ「イエローサブマリン」これが人生における決定的な出来事です。
背景にかかっていたサウンドがとにかく衝撃的だった。
後にジョージマーチンが劇伴音楽を作曲していることを知り「いつかこんなお仕事をしたい!」と決心した中学生でした。
「小さな恋のメロディ」も特に大好きでサントラを擦り切れるほど聴きました。
その後1999年、ロンドンで何と!この映画の作曲家リチャード・ヒューソン氏と出会い、彼の素敵なお家を2度ほど訪ね、ビートルズ「ロングアンドワインディングロード」の直筆スコアコピーをいただくという光栄に恵まれました、 それは本当に人生最高の体験でした。
音楽を作ることの歓びと感謝
幼少期、地域の子供会にてバイオリンで「歓びの歌」の一節を弾き拍手喝采を受けたんです、幼い僕は心の中で
「音楽をやれば人にうける!」
今にして思えばその時の成功体験が人生を変えたのかもしれません。
不安と挫折の繰り返しでしたが、この年までお仕事を続けられているのは、我が事務所ベリーグーの福井健吾氏はじめ、両親や出会った方全てのおかげさまです。
深く感謝いたします。まだまだやります!!!
ご拝読有難うございます。
2026年新春 長谷川智樹
事務所 有限会社ベリーグー hp
https://www.verygoo.jp
https://www.facebook.com/tomoki.hasegawa.125
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/長谷川智樹
X
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