No.134
ねじ式
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ボカロPねじ式の「ネットクリエイターの日常とこれから」

こんにちは、ボカロPのねじ式です。

「ボカロP」という肩書きも、ここ10年ほどでずいぶん一般的になってきたように思います。
ですが、未だに親戚の集まりで「ボカロPって何?」と訊かれると、ちょっと困ります。
「ボーカロイドっていう機械が歌うソフトを使って曲を作る人だよ」と説明すると、「あぁ、あの機械の声のやつか」と言われてしまい、なんだか自分がロボットを制作している会社に勤務しているような気分になります。
まあ間違ってはいないんですけど。

私が初めて大勢の人前で演奏したのは、中学校の合唱コンクールでのピアノ伴奏でした。
ピアノも独学なので緊張で手が震えながら鍵盤を押さえていたあの日のことは、今でもはっきり覚えています。
あの時の「音楽で人の気持ちがひとつになる感覚」が、いまの自分の原点かもしれません。
そんな感じで始まった音楽人生ですが、作曲は完全に独学。MTRを使いながら独りで黙々と創作していました。

ボカロPとして初めて曲をアップロードしたのは、自分のやっていたバンドが解散し、新たなボーカルも見つけられずに途方にくれていた頃。
「バンドは終わってしまったけど、とにかく音楽を続けたい」という気持ちだけで、ボカロPとしての処女作を2013年8月にニコニコ動画にアップしたのを覚えています。

再生数は二桁で止まり、コメントもまばら。「これは自分に向いてないかもしれないかもなぁ」と思った瞬間もありましたが、それでも毎週コツコツと曲を作り続けてきました。
そこから10作品目で1万再生。翌年には10万再生。2017年には200万再生を超えました。
原盤印税と著作権印税で生活できるようになったのもこの頃です。

最近はありがたいことに、イベントやライブで自分の楽曲が流れたり、VTuberさんや歌い手さんなどに楽曲提供する機会も増えました。
海外のDJイベントで現地のお客さんが自分の曲を口ずさんでくれているのを見たときは、さすがに胸が熱くなりました。
ネットの向こう側で生まれた曲が、現実世界で人の声にのって響いている。
それは、ボカロPをやっていて一番うれしかった瞬間かもしれません。

とはいえ、ボカロPの仕事は華やかな場面ばかりではなく、基本引きこもりです笑
自宅スタジオでひたすら打ち込んで楽器を弾いて、ミックスしての繰り返し。
締め切り前はつい作業に没頭しがちになってしまいますが、最近はボカロP仲間やJCAAで知り合った音楽関係者の方々とご飯に行ったりしてお話する機会が増えています。
そうした会話から新しい刺激や学びを得ることができ、音楽づくりにも良い影響を与えてくれています。

そんな日々の創作中で、自分なりに大切にしていることがあります。
それは「聴いてくれる人に曲の世界に没頭して共感してもらう」ということ。
ボカロはさまざまなシンガーの声も選べますし、自分が歌うわけでもないので歌詞や世界観を無限に思い切り広げられるのが魅力だと思います。シンガーが存在しない分、聴き手が自由に物語を想像できる余白があるのも魅力です。
だから、ちょっとブラックな笑いの歌もあれば、心の闇を歌った曲、何の意味もないけど言葉の語感やノリだけで楽しめる歌もある。
ボカロシーンは一見不自由なようでとっても自由な世界だと思います。

そして現在、私はJASRACの理事という立場も務めています。ネットクリエイターとして活動を続ける中で得た経験を、今度は音楽業界全体に還元していきたいという想いがあります。インターネットの発展で音楽の楽しみ方や届け方が大きく変わっている今だからこそ、クリエイターが健やかに長い間作品を発表できる環境を整えたい。
未来の音楽家たちが「音楽で食べていく」ことを諦めなくても済むようにしたい。
そのための制度づくりや活動に、これからも全力で取り組んでいきたいです。

今後もボカロPねじ式を、どうぞよろしくお願いします。

2025年8月4日 マジカルミライ仙台の翌日
仙台市内のホテルにて。
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