No.1332025.6.30

弟子、とってみた。
・・・軽すぎるな。これじゃ某動画投稿サイトみたいだ。
不肖ながら、弟子を取ることになった。
歌番組の編曲・指揮の仕事を覚えたい、なんて、音楽界でも超絶ニッチな分野を嗜好するとは、なんと物好な女性(ひと)だ。
昨年の年の瀬に不覚にも私、スキーで膝を怪我してしまい、骨折ではなかったが、しばらく松葉杖生活となってしまった。で、年明けの仕事から荷物持ちで彼女に現場に付いてきてもらって、そのままの流れで、荷物持ちから弟子に昇格、となった。
「芸術家は、自分の作品を自分だけにしか作れないと考え、職人は、自分の作品を誰でも作れるものと考える」みたいなことを、誰か語っていたっけ。
私は圧倒的に後者の思考で、と同時に、音楽家としては致命的に音楽愛が不足している、と自覚している。自ら時代の最後衛をもって任ずると同時に、音楽と音楽家の将来について、とてもペシミスティックな思想の持ち主なので、わざわざ先細りしそうな仕事を覚えたいなんて、受け入れて良いものか、少なからず逡巡した。
ただ、それ以上に私的な理由の方が優った。自分が今なんとなく感じている閉塞状態を突き抜けるきっかけになりそうな気がしたからだ。仕事場に付いていって勉強したいとの申し出は、むしろありがたかったと言える。明らかに環境を変えられそうだったから。
こういう中年の焦燥感・不安感を「ミッドライフ・クライシス」と呼ぶらしいことは、最近知ったが、教示という動機だけなら、果たして受けたかどうか。
さて弟子を取るにあたり、最初にやったこと。
シャンプー・ボディーソープ・洗顔・歯磨き粉等を、高いものに買い換えた・・・。
笑うなかれ、大マジメである。
もちろん気を付けていなかったわけではないが、身近に年下の女性を迎えるにあたって、身嗜みを見直さねば、と。ちなみに、ここ五年くらい某有名芸能人の「毎日、お湯で洗うのみ」を真似て実践していたので、シャンプー・ボディーソープに至っては、実は買い換えではなく、数年ぶりの新規購入。
仕事。とりあえず、生前親父にしてもらっていたように真似る。
以前、手書きで譜面を書いていたころは、親父とでっかい机の向こうとこっちで向かい合って、スコアを埋めていた。本当はそのようにやりたいのだが、まあ2人ともPC使いだし、流石にそれはかえって面倒なので、とりあえず最低限、現場には同行。
仕事柄、現場のミュージシャンは年上が多い。現場に自分より年下のミュージシャンが現れるようになったのは、ようやくここ数年。なので、正直仕事での若年層との接触にイマイチ私が慣れていない。
上司から部下に昔語ばかりするのは良くない、とよく耳にする。とはいえ、どうしても昔語になってしまうのだ。
スコアを指差しつつ、
「こういう時は、コレこれこうやって対処してね。・・・以前、とある収録でこんなトラブルがあってさぁ・・・」
「この曲は、此処んトコロ注意ね。・・・かつて番組で、誰々が歌ったときに、此処でミスって、うんぬんかんぬん・・・」という流れの話題がどうしても多くなる。どうも過去を振り返ってばかりで、なかなか前向きな話題にならん。
まあZ世代じゃなし、古い話好きそうだし・・・。幸か不幸か、finale問題のせいで、一つは未来志向?の話題があるし。
振り返るに、父からは”仕事”は教わったけど、”音楽”は教わってない、と思っている。彼女は私と違って積極的に自分から仕事を作れる人だし、方針もなにも、まだ何をすべきかよくわからないが、ともかく師弟関係を創めることで、何か起きてくれるだろう。
空梅雨も気がかりな暑い朝、そろそろ色あせてきた紫陽花の花を眺めつつ。
◎たかしまかんた
京都大学法学部卒。東京大学文学部社会学科社会情報学修士課程修了。父たかしまあきひこ(故人)に師事し、現在、歌番組の編曲・指揮を中心に活動中。
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たかしまかんた

弟子、とってみた。
・・・軽すぎるな。これじゃ某動画投稿サイトみたいだ。
不肖ながら、弟子を取ることになった。
歌番組の編曲・指揮の仕事を覚えたい、なんて、音楽界でも超絶ニッチな分野を嗜好するとは、なんと物好な女性(ひと)だ。
昨年の年の瀬に不覚にも私、スキーで膝を怪我してしまい、骨折ではなかったが、しばらく松葉杖生活となってしまった。で、年明けの仕事から荷物持ちで彼女に現場に付いてきてもらって、そのままの流れで、荷物持ちから弟子に昇格、となった。
「芸術家は、自分の作品を自分だけにしか作れないと考え、職人は、自分の作品を誰でも作れるものと考える」みたいなことを、誰か語っていたっけ。
私は圧倒的に後者の思考で、と同時に、音楽家としては致命的に音楽愛が不足している、と自覚している。自ら時代の最後衛をもって任ずると同時に、音楽と音楽家の将来について、とてもペシミスティックな思想の持ち主なので、わざわざ先細りしそうな仕事を覚えたいなんて、受け入れて良いものか、少なからず逡巡した。
ただ、それ以上に私的な理由の方が優った。自分が今なんとなく感じている閉塞状態を突き抜けるきっかけになりそうな気がしたからだ。仕事場に付いていって勉強したいとの申し出は、むしろありがたかったと言える。明らかに環境を変えられそうだったから。
こういう中年の焦燥感・不安感を「ミッドライフ・クライシス」と呼ぶらしいことは、最近知ったが、教示という動機だけなら、果たして受けたかどうか。
さて弟子を取るにあたり、最初にやったこと。
シャンプー・ボディーソープ・洗顔・歯磨き粉等を、高いものに買い換えた・・・。
笑うなかれ、大マジメである。
もちろん気を付けていなかったわけではないが、身近に年下の女性を迎えるにあたって、身嗜みを見直さねば、と。ちなみに、ここ五年くらい某有名芸能人の「毎日、お湯で洗うのみ」を真似て実践していたので、シャンプー・ボディーソープに至っては、実は買い換えではなく、数年ぶりの新規購入。
仕事。とりあえず、生前親父にしてもらっていたように真似る。
以前、手書きで譜面を書いていたころは、親父とでっかい机の向こうとこっちで向かい合って、スコアを埋めていた。本当はそのようにやりたいのだが、まあ2人ともPC使いだし、流石にそれはかえって面倒なので、とりあえず最低限、現場には同行。
仕事柄、現場のミュージシャンは年上が多い。現場に自分より年下のミュージシャンが現れるようになったのは、ようやくここ数年。なので、正直仕事での若年層との接触にイマイチ私が慣れていない。
上司から部下に昔語ばかりするのは良くない、とよく耳にする。とはいえ、どうしても昔語になってしまうのだ。
スコアを指差しつつ、
「こういう時は、コレこれこうやって対処してね。・・・以前、とある収録でこんなトラブルがあってさぁ・・・」
「この曲は、此処んトコロ注意ね。・・・かつて番組で、誰々が歌ったときに、此処でミスって、うんぬんかんぬん・・・」という流れの話題がどうしても多くなる。どうも過去を振り返ってばかりで、なかなか前向きな話題にならん。
まあZ世代じゃなし、古い話好きそうだし・・・。幸か不幸か、finale問題のせいで、一つは未来志向?の話題があるし。
振り返るに、父からは”仕事”は教わったけど、”音楽”は教わってない、と思っている。彼女は私と違って積極的に自分から仕事を作れる人だし、方針もなにも、まだ何をすべきかよくわからないが、ともかく師弟関係を創めることで、何か起きてくれるだろう。
空梅雨も気がかりな暑い朝、そろそろ色あせてきた紫陽花の花を眺めつつ。
◎たかしまかんた
京都大学法学部卒。東京大学文学部社会学科社会情報学修士課程修了。父たかしまあきひこ(故人)に師事し、現在、歌番組の編曲・指揮を中心に活動中。