NO.120 2022.9.29

藤本和則

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初めて小学校に行った日の出来事です。

自分は4歳から6歳まで、生物学者だった父の都合でアメリカのコネチカット州という所にいました。
6歳の夏、米国では9月に幼稚園から小学校へとあがるタイミングでしたが、その直前に帰国したので日本では一学期を飛ばして二学期からの転校生となりました。

担任の先生は30歳前後の女性でした。
先生は自分を皆の前に立たせて言いました、

「さあ、みんなに向かってなまえを言いましょう~」
言われるままに従いました。
「ふじもとかずのり」

「声が小さいですね~、もっと大きな声で言いましょう~」
「ふじもとかずのり!」

「まだ小さいですねえ、もっと思いっきり大きな声で~」
「ふじもとかずのり!」

「男の子なんだからもっと元気よく、はい壁の向こうがわまで届くように~」
「ふじもとかずのり!」

…ありがちな光景かもしれませんし、先生には悪気もなかった筈です。
けれども、日本に戻り小学校に初めて行って早々、どアウェーな空気のなか皆の前で、出し馴れない大きな声で何度も名前を言い直させられた体験は、得体のしれない大きな違和感とともに記憶に深く刻まれました。

そしてそれが「男の子は元気なのが正解」みたいに決めつけられているのはおかしい、という思いを子供ながらもずっと引きずってゆく原体験となりました。

もちろん昭和という時代の当時「男の子らしさ」とされたものは、現在でも同じように歓迎されうるでしょうし、その他様々な社会観念と同様にそれ相応の意義もあったはずです。
ただ、人それぞれの性質や特性を度外視して雑なひとくくりで枠に押し込め、その枠からずれた部分は欠陥であるかのように見做されることにずっと疑問を感じていました。

先生や世間の大人たちの多くがかざす「常識」の浅さに内心では辟易していました。

まあ、そう感じつつも時はただ過ぎてゆきました。


さて話は少々飛躍します。
ここ10年ほどで、それ以前よりはるかに頻繁にジェンダーの問題や人種の問題などをメディア上で目にするようになり、また多様性の大切さがしきりに説かれるようになり、なんというか、ここにきて人間の自身への視界が俄に広まりつつあるように感じさせられる機会が増えました。

まだそれぞれの問題の入り口に辿り着いただけ、というところではあるのかもしれません。
それでも、子供の頃の自分が違和感を感じ続け、そしてまたそんな些細な違和感などとは全く比べものにならないほどの深さで無数の心をえぐってもきたであろう偏狭な固定観念や古びた価値観が、人類の長い歴史に比べて非常に短期間といえる年月で急激に崩れ去りつつあることは確かなようです。

もちろんその変化の良し悪しの解釈自体も、各々の価値観によって異なるとは思います。
ですが大きな視点でみればやはり、人間はいい方向に向かっているのだろうなと、そんなことを思う今日この頃です。

今なら、声が小さくおとなしすぎると言われた6歳の自分を、先生はただそのまま肯定してくれるのかな。


藤本和則(ふじもとかずのり) Profile

・作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。立教大学文学部史学科卒。

・AI、青山テルマ、中孝介、CHEMISTRY、HOME MADE 家族、ケツメイシ、倖田來未、May J. などをはじめとする数多くのアーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュースを手がける。

・代表作としてはミリオンセラーを記録した、CHEMISTRY 「PIECES OF A DREAM」 (作曲・編曲)が挙げられる。

・近年ではYouTubeの総再生回数が1億回を超えるHipHopメディアミックスプロジェクト「Paradox Live」の楽曲を多く制作している。

website: https://kazunorifujimoto.com


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