NO.105 2019.7.31

牧戸太郎

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子供の頃からテレビ番組や映画の後のエンドロールは必ず見ていたし、自分で音楽CDを買うようになっても、当然その楽曲に携わっている人たちの名前をチェックしていた。
「編曲家」という、縁の下の力持ち的な人に憧れるようになるのは、ごく自然なことだったのだと思う。

幼い頃最初にヘビロテ”となった音楽は、実家にあったムードミュージック全集に入っていたポール・モーリアの音楽。中でも「恋はみずいろ」は、家族ドライブの道中、カーステレオで繰り返し繰り返し聞く執着ぶり。なぜあの曲がそんなに魅力的だったのか…アンドレ・ポップによるメロディの美しさはもちろんだが、チェンバロとピアノのユニゾンで奏でられる主旋律の音色の面白さ、その後主旋律はオーボエに代わり、弦楽が対旋律を添える、そして雰囲気は一転、16ビートによるミドルエイト、再現部の主旋律はチェロと、一曲を通して飽きさせない編曲の工夫があり、繰り返して聞きたくなる理由がそこにあったことが今ならわかる。

「編曲家」の仕事を初めて認識したのは、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を観た時だった。劇中の有名なナンバーは観る前から知ってはいたものの、初めて作品をちゃんと観て、同じメロディでも、編曲の良し悪しで、音楽の印象が全く違って聴こえるものなのだと思った。同作品はアカデミー賞5部門を受賞しているが、その中で「編曲賞」(原語:Best Score-Adaptation or Treatment)を受賞しているのが、アーウィン・コスタルだ。この人こそ、私の心を躍らせてくれている人に違いない。進むべき道は決まった。これらの楽曲を100回も200回も繰り返し聴いて、自分なりに分析をし始める。
コスタル氏が作品に与えた編曲の影響というものは、作詞や作曲と比べ、理解されにくい部分だ。しかし場合によっては、作曲者本人よりもその楽曲の魅力を理解し、上手く引き出すセンスと技術が必要な仕事である。そういった分野で高い評価を得ている人に、私は強く憧れる。
余談ではあるが、コスタル氏の仕事を追いかけようとして観た作品「メリーポピンズ」に収録されている特典映像で、作詞・作曲を担当したシャーマン兄弟が、インタビューで「アーウィン・コスタルに20曲ほどデモを持っていったけど、半分ぐらいしか採用されなかった」みたいなことを話していて驚いた。あの時代のミュージカル映画においては、作曲家よりも編曲家が偉い立場にあったのか、音楽監督的な立場のコスタル氏が、編曲家も兼ねていたということなのだろうか。

2019年の今、編曲から先のオーケストレーションの作業は、アウトソーシングに近い形の分業で行われることが多くなっている。アイデアを持った作曲家がDAWでスケッチを起こし、技術を持ったオーケストレーターがそれを元に譜面を書き、レコーディングのディレクションまで行うという作業フローは、今後ますます主流になっていくだろう。
アーウィン・コスタルのような、キラリと光るセンスと高い職人技術を併せ持つ編曲家は、今後絶滅危惧種になっていくのかもしれない。

それでも、私の夢は、日本のアーウィン・コスタルになることだ。


◎牧戸太郎(まきどたろう) Profile
1983年 三重県出身
東京音楽大学作曲指揮専攻映画放送音楽コース卒業
映画「黒崎くんの言いなりになんてならない」ドラマ「Iターン」「アカギ」などの音楽を多数担当
山下達郎、竹内まりや、Hey! Say! JUMP、King&Princeなどの編曲も手がけている


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