NO.93 2017.5.25
                                  

   篠崎 央彡 O Shinozaki 

 

いわゆる音楽一家と呼ばれる家庭で育ちました。

「祖父がバイオリンの先生をしていたらしい」
とか
「親父はバイオリンを弾く仕事をしている」
というのはなんとなく刷り込まれて知っていましたが、
どれ程すごい事なのかは全く認識していなかった幼少期を過ごしました。

さぞかし英才教育を受けて育ったのだろうとお思いでしょうが、
祖母と叔母が年に一度主催するバイオリンの集団発表会に「バカの一つ覚えでその曲だけ弾く」を何度かやっていた事もありました・・・という程度の音楽経験だったので、バイオリンの構え方までは知っています。

母にキャンキャン怒鳴られながら嫌々勉強をした中学受験が終わってエスカレーターで高校まで上がれるという「自由」を手にしたはずのある日、これから習う楽器と師匠が決まっていました(笑)
当時僕は打楽器に憧れていましたが、親に言わせれば「僕がチェロをやりたいと言い出した」との事です。
ピアノを習った事もなかったのでヘ音記号の読み方からのスタートです。

言うとおりにするか、さもなくば家を出て行けという二択。
衣食住を捨てる度胸もなく、他に特段やりたいことがあったわけではないので
結局なんやかんやでピアノも弾けないまま音大へ。
四年ほど通い英語と音楽理論の単位が足りなくて中退という選択をしました。

その後、父のスケジュール管理をしていた事務所の社長に「手話ニュースのテーマのコンペに出す頭数を増やしたいから、人数合わせに2〜3個だしてくれない?」とのお気遣いに、高校の頃から兄のPCで打ち込みで編曲の真似事をしていたのもあり喜んで挑戦しました。
そのうちの一つ、ふざけて「シュ〜〜ワ〜〜♪」というコーラスで始まる曲(8秒)を書いて何故か採用されてしまったのが僕の初めてお金を頂けた作曲です。

そこからぼんやりとどこに所属をすることもなく過ごし30歳も近くなったある日、打ち上げの席で寺嶋氏に「央君は作編曲しよるのになんでJCAA入っとらんと?親父も理事やっとろうが・・・」と言われたのが入会のきっかけでした。
「じゃぁ、JCAAって何をするところなの?」
とよくわからないので会費は高いけどとりあえず飛び込んでみれば中が見えてくるだろうと飛び込んで3年。結局まだ2〜3行で答えられる言葉が見つからないままでいます。

こんな状態でもテレビやCDでしか知らなかった憧れの先生方には親切に接して頂けますので、色々教えていただける間にどうにか「日本の大衆音楽の発展に貢献」ができるような提案をしていけたらと思っています。

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今年の初めから嫁の連れ子(チワワ12歳♀)にデレデレの毎日を送っています。
忙しそうにしても膝の上に乗せてと要求し、左手を拘束。
「枕が動くんじゃないわよ!」と訴えてきます。
最近は暖かくなり毛の生え変わる季節になりました。
あんなに小さな体で季節が変わるたびに毛をほとんど総入れ替えするのってものすごく栄養と体力が必要なんだろうなぁ・・・

とか考えてしまう年齢になった自分に驚いています。
まだまだ三十路も前半!頑張ります!!


◎篠崎 央彡 Profile
東京生まれ。12歳よりチェロをはじめる。
桐朋学園大学を経て、現在は多数のドラマ・CM・映画音楽・歌・インスト楽曲などのレコーディングやライブサポート、ミュージカルやオーケストラへの参加などの演奏活動をしている。
また、チェロの他にもレコーディング時の指揮、NHK番組への楽曲提供、演劇のBGMの作編曲や音源作成など幅広く活動中。

主な楽曲提供番組:「視点・論点」「子供手話ウィークリー」「にっぽん百名山」「地球アドベンチャー 冒険者たち」「大英博物館展連動企画 モノが語る世界の歴史」

 

                                      

 

                                                         

 

                      

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