NO.77 2014.9.10
                                  

   桐岡 麻季 Maki Kirioka 

 

皆様はじめまして。作曲・編曲家の桐岡麻季と申します。

まずは音楽との馴れ初めからお話できればと思います。
両親はもともと音楽やダンスが好きというのもあり、家では流行の歌謡曲やシャンソンのレコードが
流れていました。
当時よく聴いた曲はアンドレ・クラヴォーの「VIENS VALSER AVEC PAPA(パパと踊ろうよ)」
という、子供と楽しく笑いながら歌っている様子がそのまま収録されているものでした。
また曲に合わせて、3拍子のステップやボックスステップを両親に遊びながら教わったりもして、
いつのまにか音楽が生活の一部分として存在するようになっていました。

2歳頃には母に連れられて、姉が通うリトミックに付いていき、その後姉が習い始めたエレクトーンを、
自分もどうしてもやりたいとせがんで小学校2年生から習い始めました。
人生で初めて作った曲はエレクトーン(C-300)の音色に触発されて出来た「いたずら子猫」という
曲です。
当時は無意識に作っていたと思いますが、すでに創作意識への芽吹きが始まっていたように感じます。

それから音楽以外で自分の糧になっているものとして、絵画(アート作品)があります。
絵が上手だった建築家の父や、葉山に住んでいた画家の祖父の影響で絵を描く事も大好きでした。
例えば父が外出時、書き置きのメモの横にカラフルなマジックでよく挿絵をしてくれました。
また普段口数の少ない祖父に絵を教えてもらい、画家視点の個性的かつ独特なアドバイスをもらって
感動した思い出があります。
そんな幼少時代を過ごせたおかげで、今の自分の作風(メロディアス&アヴァンギャルドなテイスト
好き)が確立していったのだと思います。
今でも音楽制作に行き詰まった時、美術館などでアート作品にふれたりすると脳内の血流が盛んになり、
新しい発想が生まれてきたりします。

最近の興味津々としては、川越まつりの山車(だし)の上で演奏を行うお囃子です。
以前から和の文化や音楽にかなり興味があったのですが、2011年に太鼓を叩かせて頂けるチャンスが巡ってきます。
伝統をつないでいくという役割を自分が出来るのかどうかと葛藤しつつも、思い切って未知の世界に飛び込んでみました。
もちろん楽譜はなく口承によって教わるため、今までの西洋音楽的な概念は通用せず1曲演奏出来るまでにかなり時間がかかります。
師匠いわく「一緒に飲み語らい、それぞれの“人となり”を知る事が練習よりも大切」だそうです。お囃子連と山車運行の町内の人々が一体となって瞬間の音楽を創り出し奉納するという経験は、音楽の原点に立ち戻るきっかけとなりました。
人間の生活の循環の一部として、人々の心に寄り添う音楽の必要性もあらためて感じました。
雅楽では“笙”は鳳凰の姿を模した形で「天の声」、“篳篥”は「地に在る人の声」、“龍笛”は「天と地を結ぶ龍の声」をそれぞれ表していると言われているそうですが、お囃子も雅楽を継承しつつ、地(人々)の五穀豊穣の願いや感謝の声を集めて天に届ける役割も担っているように感じます。

これからも様々な音楽に関われる日々に感謝し、報恩感謝という気持ちを忘れずに笑顔で毎日を歩んでいきたいと思います。


<プロフィール>
・桐岡麻季(きりおか まき)
作曲・編曲家。7歳からエレクトーンを学ぶ。中学高校時代、ブラスバンド部に所属しトロンボーンを
担当。尚美在学時、エレクトーン演奏(銀座の東天紅グループレストラン)、エレクトーン講師(島村楽器系列)の仕事に従事。1994年〜作曲家として活動を開始。
大手ゲーム制作会社「コナミ」、「プロキオン・スタジオ」などを経て現在フリーランス。ゲーム、アニメ、歌ものにも多く携わる。本業の傍らお囃子連に所属、川越まつりなどで和太鼓を演奏。

★オフィシャルウェブサイト http://maki-kirioka.com/

 

                                      

 

                                                         

 

                      

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