NO.56-2 2010/8/27

 

石橋和巳   Kazumi Ishibashi plofile 

連載No.2 
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6、音楽との出会いと、決断。

元々、映画を観るのが大好きで、映画音楽のサントラ盤を山の様に集めていました。オーケストラの音楽やアレンジ作品に対して敏感だったのは、その影響も大きかったのでしょう。なにしろ、映画冒頭のクレジットを眺めながら、真っ先に目に飛び込んで来るのは、監督でも脚本家でもなく、作曲家の名前だったのです。あの人が音楽を担当しているから、その映画を見よう、なんていう選択は日頃から珍しくありませんでした。

もちろん、クラシック音楽も大好きでした。けれど、今現役の作曲家がオーケストラの作品を創り出し、その音楽が何百〜何千という映画館で毎日流れているという現実は、とてつもなくクリエイティブな刺激を私に与えてくれたのです。

そんな折、池袋の小さな映画館にふらっと入って観た映画(あえて作品名は伏せておきますが)、そのエンド・クレジットの音楽を耳にした途端、もの凄い衝撃が私の身体の中を走り抜けました。メロディーらしいメロディーはハッキリ認識できなかったものの、内側から溢れ出るような精密で美しく、かつ訴え掛ける力の強いオーケストレーション。これこそ正に作曲であり、編曲の真髄ではないかと(!)クラシックとは何かが違う、今この時代を生きる作曲家の表現力とオリジナリティに、強い興奮を覚えました。

その瞬間から、私の目指すべき道は決まりました。「いつか作曲家になりたい・・・」と。

もしかしたら、既に心は決まっていたのかもしれません。でも、それが瞬発的なキッカケの一つとなったのは間違いありませんでした。日頃から沢山の音楽を積極的に耳にするという事は、人生を左右する「出会い」に繋がる可能性を秘めていると思うのです。

7、オーケストラを鳴らすという衝撃。

紆余曲折を得て、結果的に音楽大学では作曲を専攻し、ピアノ曲や歌曲、室内楽、管弦楽曲など沢山の音楽を作曲しました。作品発表の場では、ピアノ曲なら自分で演奏し、室内楽であれば同級生の友人を集めて演奏して貰ったりするのですが、それに加えて私が入学した次の年から、オーケストラの授業で作曲科学生のオリジナル作品を鳴らして貰える、という実に贅沢な企画が始まりました。譜面審査で優秀作品だけが選ばれる、という有りがちなシステムではなく、誰の作品でも完成されたスコアなら全部鳴らしちゃおうじゃないか!という実に懐の深いプロジェクト。これは物凄くラッキーな事でした。生まれて初めて自分の書いたオーケストラ曲が目の前で実演された時の喜び、その時はまだテクニックも拙く、短い音楽でしたが、あの時の衝撃は未だに忘れることが出来ません。“オーケストラを鳴らす”という魅力に取り憑かれた私は、在学中、毎年この企画にオーケストラ作品を提出し、学生オケによって演奏して貰いました。この時の経験が、いかに後の自分に影響を与えてくれたことか、それは計り知れないものがあります。譜面だけでは解読し得ない意外な響きと可能性を引き出してくれた大学の先生には、感謝の言葉もありません。

あれから20年の歳月が経とうとしていますが、「年に最低でも一曲はオーケストラを鳴らす!」という自分自身に与えた目標は、今でも途絶えることなく続いています。

8、アレンジのプロとは?

学生オケ、地方のアマチュア・オケなどで、管弦楽の為に作曲や編曲作品を提供し続けて行くうちに、様々な縁があって、いつしかプロのオーケストラと仕事をする事が当たり前の生活になって行きました。気を付けなければいけないのは、プロのオーケストラの場合、リハーサルに多くの時間を費やすことが許されない、という事でした。卓越した初見力を身に付けたプロの演奏家の為には、譜面のミスや表現の曖昧さをなるべく少なくし、リハーサルを円滑に進める事が求められます。その為には、演奏不可能な場所がないか入念にチェックし、多くの声部の内どこのラインを一番鳴らしたいのか(つまり作品として一番何を強く伝えたいのか)、明確な指示を書き込んだ上で、譜面を提出しなければなりません。そうした細心の注意を払って完成したスコアでさえも、リハーサルでは指揮者や奏者の要望により、幾つかの変更が生じます。そのリハーサルで生じた変更や演奏家の声こそが、次のステップへと成長する大切な助言となっていました。だから私は、必要がない時でも、毎回リハーサルには顔を出します。今では年間何十曲ものオーケストラ・アレンジを手掛ける様になりましたが、現場を観に行く度に、必ず新しい発見との出会いがあります。その場所でどれだけ多くの事に気付くことが出来るか?(ただボーっと見ているだけで終わってしまうか?)それはアレンジのプロとして力量の分かれる大きなポイントではないかと、常々感じています。

9、無駄な時間はムダではない。

振り返ってみると、プロの作・編曲家へと辿り着くまでに随分と遠回りをして来たようにも見えます。しかし、フルートという一つの楽器を学んだ事により、演奏家の息づかいや表現の幅、演奏し易い音域など、身体のどこかがそれを覚えていて、それは他の木管や金管、弦楽器など、オーケストラ全ての楽器に共通する点が多分にあり、スコアを書くに当たって、かつての経験は大きく生きている様な気がします。

常に奏者の立場を想いながら書くということ、コンサートを聴きに来るお客さんの顔を想い描くこと。結果的に立派な仕事が出来ているのかどうか?それは自分ではまだ判断がつきませんが、そうした“想い”を大切にしながら仕事し続けることを、忘れないようにして行きたいです。

考えても考えても良い発想が浮かばない時の、膨大な無駄な時間、サラリーマンだったらどれだけ儲けることが出来るのかな?なんて思う時もありますが、それはもはや愚問です。

考え続けることの積み重ねが、ふとした瞬間に舞い降りる小さな発想に繋がって行く。長年同じような努力を続けてきた皆さんなら、きっと同意して下さるのではないでしょうか?無駄な時間は決してムダではない、ということを。

 

「まず好きじゃなきゃ」。若い頃、自身で選んだこの言葉から発した作・編曲家という旅は、いつまで続ける事が出来るのでしょうか。30代後半、これからもJCAAの諸先輩方との交流を楽しみに、頑張って行きたいと思っています。暖かい目で、助言と応援を頂けたら何よりも嬉しいです。

 

 

                                                         

 

                      

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