NO.40【3】 2006/3/23


杉浦 篤    
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『登り続けていく山頂まで〜蒼い海へ流れていく大空へ』第三章

ソニーでの経験が自分のやりたかったことと結びつき
作曲家という名のもとに各レコード会社巡りを始め
『ソウル(今のR&B)は必ず受け入れられる時期が来ます!』と
売り込みをし続けていました。

そしてある時、ソニーでの提供していたアーティストからの紹介で
事務所を紹介してもらうことになり
そこで出逢ったのは、
某作詞家さんとの出逢いでした。
この出逢いによって僕自身の心の中を感じ取ってくれ
心のリズムを言葉へと作品が生まれるきっかけになり
次から次へと作品が生まれ始めました。

気がつけば月日は過ぎていきながらも、
ソニーの新人プレゼンテーションライブへの提供
ソングライターとしての活動から、女性アーティストab(アビィ)との出逢い
クラブイベントへの積極的な参加をし続けていくことに。

西田さんは、僕の内面を直視し僕の描くことの出来なかった言葉を
次から次へと楽曲は仕上がっていきました。

いろんな方との出逢いがあり、マンマミーアで活躍する『吉沢梨絵さん』への
楽曲提供をきっかけに、作曲家としての道が開き始めました。
気がつけば30歳。
次第に気持ちは高ぶるばかりでした。

出逢いの中で、
大物プロデューサーに直接デモテープを渡したり
各事務所への売り込みを続けていき
乙葉さん・小柳ゆきさんなど提供をするきっかけになる
スカウトを受けることに。

そして直接レコード会社のプロデューサーとのやりとりが頻繁に行われ
当初から派遣社員との二束の草鞋生活をしつつも
楽曲作りは留まることを知りませんでした。
31歳から立て続けにCDリリースピークへ。

同時に『嫉妬・威嚇・応援・激励・裏切り・別れ』と過労でダウンする。
寝たきり状態が続き、自ら病院も探し通院をしながらも
錯乱状態からの脱出など、トラブルにより
相談をしていた身近にいる人たちが
目の前からスーゥっと去っていくという、まさかの状態に。

記憶喪失・身体の変化に気づく。

あるきっかけで福井へ行くことがきっかけに
自然に触れながら
身近な風景の当たり前な情景が
こんなに幸せなものだったんだと感じながら
福井の親友のお店にあったキーボードに触れて
お客さんとの楽しい時間を過ごしたり
山に囲まれた川も近くにあったり
癒されていきました。

健康も次第に回復していき

この頃から同級生との再会もあり
名古屋へ一日帰省をしたり
いろんな場所へ行くようになり
気分転換をしながら
ひたすら売り込みをしていく。

預かりという状況の中で、楽曲のオーダーは続き
作詞家さんと原宿インタビューをしながら生まれた
『勇気☆チャージラヴ』
Nyle(ナイル)さんという阪神大震災を経験し、
苦難からデビューを果たし
母性さえ感じる有志となる出逢いのきっかけとなった
『Time goes on』

時代は、生まれるメロディよりもCD化にすぐに仕上がるクオリティ
というアレンジ重視の時代へと移り変わっていきました。

恩師からの紹介の所属事務所との出逢いから
メロディや言葉(作詞)にプラスして
アレンジという音のクオリティに挑戦をしていく
時期に入ることに。

しかし、作家という中での位置づけが変化していき
戸惑いながらも、
『作詞・作曲・編曲の一体化でのアプローチ』
への挑戦は続いていきました。

それと同時に時代は変化していき
CDやPV(プロモーデョンビデオ)など
クレジットにはミュージシャンの名前を見る作品が
少なくなっていることも著しいことにも目が離せないことでした。

デジタル化が進み
携帯メール・インターネット・ストリーミング・着メロなど
レコード一枚買って、針を落とすという感触さえも
セピア色になってしまいそうな中にも
クラブイベントでレコードを見つける程度となり
音の良いレコードからCDへ音が圧縮されて
レコード・DAT・カセットテープから
CD・MD・DVDの現在。

その中でとても幸せな事は
子供の頃に観ていたテレビのヒーローものやヒロイン
テレビ番組で流れる楽曲提供をすることが出来て
子供達が僕の曲を口ずさんでくれていることでした。

音楽が身近に感じられなくなってしまいそうな自分に
自然に向いていたのが
『カフェライブ』でした。
これが身近で音楽をお客さんとの楽しむ共有する空間でもあり
継続している活動の一環となりました。

そして各ジャンルのクリエーターさんとのコラボレーション。
『ショートムービー』
歌うという以外のインストゥルメンツの楽曲制作など
活動範囲は広がるばかり。


そんな最中に
『噂』
それによって、おひれはひれと見えないところでの噂話。
自分が知らなくても相手が知っているというような状況さえ
見えてきていました。

ショックはもちろん隠しきれませんでしたが
それ以上に、理解ある有志、友人、恩師や先輩の方々や
理解されない身内の中でも
唯一、理解ある叔母さんの支えから
エネルギーは上昇気流。

が・・・

2004年7月に全身硬直と意識不明による入院。

想いもよらぬ身体の異変は起こりつつも作品を作り続けていきました。

不意に出逢った女性カメラマンさんとの出逢いから
僕自身の中の根底にある想いを
カメラというレンズから
ありのままの僕を撮って下さり
そしてインターネット環境での言葉を発信する
『ブログ』
での詩的ココロ交換日記。

さらにコミュニケーションサイトへの招待制による
コミュニケーションサイトでの出逢いが始まり
葛藤・格闘の中にも穏やかさを保つことの出来る環境に
出逢うとは想像もしていませんでした。


ある人から
『旅へ行ってみたらどうですか?』

この一言で
行った事のない『沖縄』という島へ

沖縄は
提供した『CHIHARUさん』との再会と曲作りにスタジオでのセッション
沖縄の人たちとの出逢い
町並みや食べ物すべてが新鮮で
ココロの中に
新たなエナジーが宿っていることに
気がつき
そして二ヶ月の休暇。

楽曲提供への再開までに仕上がった
福家さんから贈っていただいた一枚の写真。
『碧の蒼』
という深海の写真から
タイトルにもなり
ピアノ一本の楽曲が映像音楽への道へのきっかけとなり
さらに幅は広がっていきました。

それをきっかけに
写真を撮りながら
詞ではなく
自由型ではありますが『詩』を
写真と言葉を連ねるようになっていきました。


楽曲提供を再開してから
さらに楽曲へ情景や心情、風景など
一曲の中へ
注ぎ込まれていく。


それと並行して目に入ってくる
『社会』
という風景に触れていくことにもなり
『福祉と社会』
ということに着手をするようになり
二束の草鞋生活と音楽を提供していくという
今までの経験が結びつき
バランスが整う
良いきっかけになったことは
言わんばかりのことです。


いろんな課題が増えていくけれども
その課題が一つ一つ
心の解放へと繋がっていく
素晴らしき出来事や人との出逢いが待ち受けている
いつもでどんなときも
サプライズは起こり
そこには
『気づき』
『分かち合う』
『心の通い合い』
・・・
尽きることはありません。


2005年の12月末に初めての『一人旅』
ここで
一泊二日の伊豆下田への旅は
予想以上にカメラのシャッターを押し続けていました。








朝・昼・夕と
冬の海と山に小川やサーフィンをする人たち
人気のない町並みに
伊豆急行での電車の旅は
100枚以上の写真と共に
続いていく何かを感じとり
様々な情景に出逢い
無数の星屑のきらめき
年は明けて
冬を過ごし
春風を感じる季節が近づき
J-POP、映像音楽、日本音楽芸能、クラシックなど
様々なジャンルの方々との『今』があり
これからへの流星のサインへ続いていく・・・


<プロフィール>                             

・1970年7月1日生まれ 愛知県名古屋市出身
・3歳の頃からピアノやエレクトーンなどに慣れ親しむ。アーティストになることを決め高校卒業とともに上京。

・YAMAHAポプコーン出身アーティスト福島邦子さんの幻の場所、渋谷ジャンジャンライブでピアノを2年ほど担当。

・1994年〜ソニーSD新人開発にてシンガーソングライターとして育成を受け1996年8月〜EPICソニーの目黒セクションのプロ デューサーにつき、1年ほど作曲家として関わり、作曲家へと転身。(小柳ゆきさん、乙葉さんなど提供)

・インターネットラジオ・CSラジオにてパーソナリティを担当。

・ソニーSD新人開発部のプレゼンテーションオーディションへの提供から1999年1月〜 CF雑誌『ノンノ』ボーカリストとして、時 には女性アーティストとのデュエットとしての参加など経て、アーティストへの楽曲提供をしながら、カフェバー形式のスペー  スでのアコースティックライブを開催。

リスナーとの心の距離間を大切にしたコミュニケーションカフェライブを現在も継続中。

・ショートムービーでの映像音楽提供、  一昨年からブログにて、 ポエム、コラムなどを掲載し続け、 日本芸能音楽とのコラ  ボレーションから空間プロデュース、楽曲提供からアーティストプロデュースなど、言葉や映像と音楽(演奏)、そして歌うこと 。

そしてハートフルなコミュニケーションスペースを基に心機一転、アーティスト活動を始動、フル回転していきます♪

<近況>                             

・ 2005年11月〜ワールドワイドユニット『THEWHALEHEADS』(ウェールヘッズ)
メンバーとして参加。ピアノ(ピアニカ&打楽器&コスプレ!?)担当。
青山カフェマディを中心に定期的にカフェライブを展開中。(2006年1月12日より再始動〜)

・空間プロデュース、食と音楽など衣食住の中にある生演奏による寛ぎライブをコーディネート。(2004年1月〜現在に至る)

・各クリエーターとのコラボレーションによるラウンジイベントを展開中。 (今月、来月と開催予定)

・楽曲提供(作詞曲)と共に現在、アーティストプロデュース。

・写真を撮ることが好きで、それを基に言葉を書き連ねるブログを掲載中。

・日本芸能音楽とのコラボレーション(春、桜舞う頃に)

・そして歌うことを再開予定 など。。。

・杉浦 篤 プロデュース 『Ryozie』。

                      

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