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NO.14 2002/5/24
●Profile ◎菅野よう子Official
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菅野よう子
『タクシーに乗るとかなりの確立で、お仕事は何を?と聞かれる。学生さん?と、うれ
しく恥ずかしいお世辞が混じることもあるけれど、ミラーをチラチラと覗かれて、ワケ
ありな人種に興味丸出しの運転手さんに当たってしまうと、なかなかつらい。
深夜1時、お風呂あがりの濡れた頭、石鹸の匂いをまき散らして、自宅から銀座方面に
乗ったからと言って、お仕事大変ですね、年末なんかは忙しいんですか、どうですか、と
聞かれても、、、、、。明け方外苑あたり、今日の録音の拙さに呆然としながら止めた車の
運転手さんから、私にも娘がいて、不良で、変な男に引っかかって、などと打ち明けられ
ても、、、、、。スタジオでの仕事は24時間無休、ボロボロに見えるでしょうけれど傷つい
ているのは心じゃなくて、才能の残高不足による、いわば気合いの問題。
それにしてもおもしろいのは、身なりと目的地のみの情報から導き出すその人とな
りについて、かなり幅のせまい見方をされるということだ。00スタジオにお願いしま
す、と告げるや、歌い手もしくは声優、ラジオDJなど声の仕事と勘違いされる。私の声は
かなり特徴的らしい。違いますと否定しても、じゃ何やってるのとたたみかけられてし
まうから、イヤちょっとモゴモゴと語尾がひるむ。
近所にも、何をやってるのかわからない人はよくいる。特に病気なふうでもないのに
平日の昼間に家にいるひと。いつも夜中に帰ってくるひと。なぜか外車の友達ばかり尋
ねてくるひと。まわりにそんな人がいたら、私だって納得するまで素性を尋ねたくなる
に決まってるから、あんまり文句は言えないのだ。
どうして、作曲の仕事をやってます、と正直に言えないのだろう。
いまだに女で作曲家というのは、それだけでかなり怪しげな存在に見られるのは気
のせいではあるまい。きっと女流作家さんたちも似たような思いをしているのではな
いかしら。ピアノ弾きだの歌手だのと言ったほうがよほど<とおり>がいい。それならスッ
キリと、あ、そう、と納得してもらえる。音楽家と言えばさらに憧れまで混じった眼で、
がんばって有名になって、オレ応援してっから、とさえ言ってもらえる。なのに、作曲家
と言ったとたん、車内に居心地悪い空気が流れるのはどうしてだろう。さっきょくって
何すんの?と聞いた人もいた。大月みやこの歌とか作るの?といきなりとんでもない
方向から突っ込んできた人もいた。<きっとその運転手さんが大月さんのファンだった
のか、その直前に彼女の曲がラジオから流れていたかどちらかだろう>
世の中のごく一般の人にとって、みんなが知ってる大月みやこさんの誰も知らない
一曲を手がけることのほうが、小さな映画に世にも美しいテーマ曲を書くことの何倍
も意味がある、というところに、大きなジレンマがある。曲を書くという行為は全く同
じなのになあ。例に出してしまった大月さんには申し訳ないけれど。毎日、誰も知らな
い映画や世の中のひとから虐げられるアニメやゲーム、捨てられ消費されていくだけ
のCMのために、美しく印象に遺るメロディーをひねり出そうと社会生活を犠牲にして
る私は、いったいなんなんだ。世間的に未だ作曲家と名乗るにはほど遠い。
音楽なんて好きなことだけやって風来坊のように生きて、とみんなうらやましがる。
楽な商売でスンマセン、と低姿勢を装いながら、こころのなかで思う。あたしらはみん
な、この仕事が失敗したら明日からはない、という毎日なんだ、うまくいったときの喜
びは確かに大きいけれど、ダメだったときの責任も、全部自分でかぶらなきゃいけな
い。誰も守ってくれないし、数ヶ月先は真っ暗闇。プロならきっと、好きなことだけを自
由にやるなんてことに過剰な理想を抱けない現実を知ってる。それでも、他になーんに
もできないから、音楽やってるだけなんです。
かんのようこ』
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