NO.91
長山善洋

むかし、とある音楽大学に在学しているとき、わたくしはどこからどうみても誰に恥じることなく「音大生」でした。そして、誰に聞かれたって堂々と「音大生です」って胸を張ってこたえることができました。しかし…。

別段、卒業後すぐに「作曲家です」と堂々と言ってのけても、一向にかまわなかったのです。<作曲家一種免許>とか、<音楽家検定2級>などという国家資格や認定があるわけでもないのですから。

ただ、わたくしはたまたま、そういうことが堂々と言える性格ではなかったようなのです。だいたい、意気地がありません。だって、まだ何の経歴も根拠もないのに気恥ずかしいじゃありませんか。それに、どうせだったら胸を張って言いたいわけです。「音楽家です」と。

そんなことを考えたわたくしは、自分にクイズをだしました。

Q.職業欄に「作曲家」もしくは「音楽家」と、微塵の恥ずかしさもおぼえずに堂々と書くにはどうしたらよいか簡潔に述べよ(制限時間10分・25点満点)

こんなクイズに、みなさんならどう考え、どうおこたえになるでしょうか。

ヒット曲があればいい?有名人が出演する舞台を担当すればよい?コンクールで賞を取ればよい?映画音楽を担当する?それともゲーム音楽か?!

こういうことを言われると放置しておけず、突如真面目にアレコレと考えはじめてしまい、かつ、回答は極めてバカバカしいものでなければならないという念にナゼなのか駆られ、さらに他人よりもおもしろいことを言ってやりたいし、負けたくない!なーんてのが、音楽家各位でありましょうし、それが正しい時間の使い方なのでございます。

不肖わたくしは、社会的な立場をもっとも公平に判断してくれるのは新聞なんじゃないか?!という仮説に思い至りました。たとえば、自分の名が新聞に載ることがあったとして、そこに「自称音楽家ナガヤマ某(××歳)」と書かれる可能性があるうちは、社会的公平に言って、ヒヨッコ未満の音楽家と認定されるのでは、とまあこういう仮説です。

では、ここでみなさんも新聞記者になって考えてみましょう。
なお、記事の見出しは適宜設定願います。くれぐれも社会面の犯罪記事などになさいませぬよう。

記者は、記事を書くにあたりナガヤマ某が自称なのかどうか調べはじめました。

1.まずは作編曲家としての実績を調べます。

グーグル検索してみる→
卒業したてですから、たいしたことやってないことがわかる。

Wikipedia→
そんな項目は存在しません。新しく作ってください、だってさ。
(これで、新聞記者、自称音楽家かぁ、と決めつけました)

2.次に、一応、所属団体を調べます。

えーと、JCAA会員? なにそれ?
(完全に疑心)

あ、JCAAってのは「日本作編曲家協会」なのか。
(少しほぐれる)

おっ、会長は服部さんなのかあ!
(有名人の名前が書いてあると、たいていの人は急速に信用を深める)

ここまでくれば、自称ではない雰囲気がどんどん漂って参りますね。しかし、決め手がほしい新聞記者はさらに調査を深めます。

すると、日本音楽著作権協会の正会員だということがわかりました。あー、これはジャスラックのことでしょ、知ってる知ってる。

JASRAC正会員の人数を調べてみる。作曲者287人 (2016年)、とある。その数少ない一員だということがわかる。

ここまでくれば、新聞記者も安心して「音楽家ナガヤマ某(××歳)が…」と記事にできるわけでござい…、とまあこういったストーリーです。

わたくしは、かくして、堂々と音楽家を名乗ることに成功しております。

え、Wikipedia?!
いまだに「そんな項目は存在しません。」のままですよ。
終わり
(著・2017年1月)



◎長山善洋(ながやまよしひろ)

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1979年・茨城県日立市生まれ・東京音楽大学卒

<プロフィール>
在学中より作編曲家として修行の道へ。
毎日、ブあつく(出ている音の厚み)、分厚い(これはスコアのページ数のこと)、熱い(もちろん気分と熱意の意味)スコアを、スラスラと書く音楽家。
ある日はクラシックオケと真面目にコンサートホール、ある日はフルバンドと公会堂、ある日は麹町や飯倉で録音。翌週は「ピアニカよっくん」として子どもたちの前でからかわれ、たまに呼ばれてアイドルたちとドーム球場のステージに立ち、ある日は劇場の片隅で譜面を直しつつ。

<経歴>
現場で見せつけられることになった大先生たちの仕事っぷりが凄すぎて、どんどん自信がなくなる。そんなある日、現場で出会ったとある大先生の仕事ときたら、まあ!譜面は綺麗だし音はいいしミュージシャンへの愛にあふれているし、それはもう「仙人」のように見えました。仙人に見えたけれど、18コ上だとおっしゃるではありませんか。わたくしは、18年後その仙人のようになれることを夢見て、ゆっくりと修行を楽しむことに決めたのでした。以降、いまもゆっくりしています。
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