NO.6-1
中西長谷雄
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ロサンゼルス留学記(その1)

今月の作曲家になってしまった中西長谷雄(なかにしはせお)です。なぜ留学することになったか?一昨年文化庁の派遣研修員制度に応募するために受入先が必要だったのですが、その時南カリフォルニア大学(USC)の映画音楽コースの内定をもらいました。派遣研修員には落ちてしまったのですが、折角ハリウッドに来るチャンスがあるのにもったいない、しかも50倍の難関を突破してしまったのに、一生に一度だろうし、というようなことでした。

来る前は「文化の違い」などということをあまり考えていませんでしたが、来てみて驚きました。はっきりいってこちらの人はいい加減で段取りがとんでもなく悪い。大学からの合格通知は3回ぐらい来るし、日本から送った荷物はつかない。一ヵ月探し歩いたアパートは保証金を入れたのに期日になっても空かない。LAポリスの交通課に行けば会う人ごとに違うことを教えられる、しかもみんな自信満々で間違ったことを教えてくれる。これが典型的なロサンゼルスの仕事のやり方なのです。
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段取りの悪さで言うと、大学課程の始まる前に語学コースがあって、お決まりのディズニーランドに行ったのですがバスが3台ぐらいあって150人ぐらいいるのに名簿も作らない。案の定、夜中の12時頃になって5人足りないなどと言っているのです。しかたがないので30分待ってみたけれど誰も帰って来ない。それでも気楽なもので「駐車場が閉まるので残りの人は歩いて帰って下さい。」といって出発してしまうのです。歩いたら3日ぐらいかかる距離です。生徒の半分ぐらいは未成年でしかも英語が十分に話せない人達がけっこういるのに。

正規のコースが始まる前に仮住まいの寮が必要で大学付属の語学学校に申し込んだのですが、世の中で語学学校ほど傑作な場所はありません。エリート派遣社員や通産省の役人と14才の中近東あたりから来たような子娘が10人ぐらいで一緒に勉強するのです。毎日想像がつかないことが起きます。大学の食堂の飯がまずいと言ってインドネシア人が事務所に集団で押し掛けたり、30代の中堅社員が日本では10代の女の子と話をするのにお金がかかったのにここでは毎日ただで好きなだけ話せると喜んでいたり、エリート官僚が英語が下手で16才の台湾人の女の子に言いまかされていたりするのです。

語学のマスターは本当に時間もかかるし大変です。当時は一ヵ月間自分が作曲家であることを忘れていました。今でももちろん勉強中ですが、例えば20才の台湾の大変優秀な大学から来た女の子は読み書きはできるのですが会話が苦手で複雑な構文しか頭に浮かばない。どうしても会話調にならない。とうとう授業の後半はあきらめたようで、ひとつの単語だけ、「huuummm」という音なのですが、その抑揚だけで感情を表現するようになってしまいました。語尾があがる時は喜んでいるようで、下がる時は悲しかったようです。ちゃんと疑問型や否定型もあります。さすが優秀な大学生。あとは長かったり短かったり、よくここまで多様なイントネーションを発明できるものです。

はっきりしたカタカナ発音で話すので日本人にしか通じなかった人もいました。日本人にしか通じないのにあの人はどうして英語で話していたのだろう。その他にもアメリカ人に全く理解できない新コミュニケーションを発明する人がとても多かったように思います。これでもみな本国では優秀な人達で、とてもクリエイティブな世界です。(つづく)

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◎中西長谷雄(なかにしはせお) Profile
略歴:1958年東京に生まれる。1982年国際基督教大学教養学部卒業。2001年南カリフォルニア大学音楽校大学院修了、映画音楽専攻。デジタルレコ−ディングシステム・シンクラビア等シンセサイザーのプログラマーを経て現在作曲・編曲家。

*2001年:南カリフォルニア大学音楽校大学院修了、映画音楽専攻
o Norman "Buddy" Baker, Richard Bellis, Elmer Bernstein, Jon Burlingame, Gerge Burt, Joe Harnell, Ed Kalnins, Brian King, David Raksin, Leonard Rosenman, Jack Smally, David Spear, Christopher Young.
* 1991〜1997年:真鍋理一郎に管弦楽法を学ぶ
* 1982年:佐藤博にコンピューター音楽
* 1982年:国際基督教大学教養学部卒業、哲学、数学専攻
* 1980〜1982年:松本秀彦ジャズスクール、小谷教夫にジャズピアノ、理論を学ぶ。

* 2000年 The Society of Composers and Lyricists(米国)準会員
* 1999年 松村禎三、山本直純、両氏の推薦により作曲家協議会会員。
* 1998年 小野崎孝輔氏の推薦により作編曲家協会会員。

* 主な取引先
o 東宝株式会社
o 株式会社博報堂
o 株式会社オズミュージック
o 株式会社フューチャーブレイン


※掲載は所属当時

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